葛藤介護士肯定派

私は介護士です。毎日イライラしています。

手抜きのお仕事

介護は手抜きをしようと思えばなんとでもなります。

例えば、グループホームにおける食器洗いです。施設によっては職員が全て行ってしまいますが、理想を言えば利用者様のお仕事とすべきであります。

しかしもっともらしい言い訳も出来ます。「衛生管理の観点より職員が行うべきである」と。

もちろん簡単に論破される話であります。利用者が洗った後に、職員がこっそりと洗い直せばよろしいのです。この手間を惜しむとは、つまり、手抜きの業務でありましょう。

 

こういったことを全て真面目にやると、ブラックなお仕事となります。

食器洗いの例を続けますが、職員と同じスピードで利用者が行うことは出来ません。刃物などの管理を事前に行う必要があり、また、見守りが必要なケースがほとんどです。

こればかりでも職員の仕事量は単純に2倍以上、3倍弱といったところでしょう。10人分以上の食器を洗うわけですから、1時間ほどを見積もるべきでしょう。

キッチンという狭くて視界の広くない場所に1時間も拘束されます。食堂などの見守りを同時に行うのでは安全面に不安があり、キッチンと食堂に1名ずつ配員すべきかと思います。

実際問題として、こういった場合でも食堂とキッチンの見守りは1名にて行います。トイレ誘導などが重なった場合、事故が起きる可能性は非常に高くなります。

事故が起これば、その対応に追われます。単純に事故報告書を書かねばなりませんし、緊急搬送ともなれば数時間は施設から離れることとなります。

よって、事故の起こりづらい職場環境を整えるということからしましても、食器は職員が洗ってしまった方が楽なのであります。

 

例として食器洗いを挙げましたが・・・介助にしてもそうであります。

前回にて書いたように、介護士からすれば、尽くを介助してしまった方が業務は楽なのであります。「促し」こそが最も難しい業務でありますゆえ。

すんげぇことを言いますと、ADLが悪化して動けなくなった方が楽なのです。お金は多くもらえるし、業務は楽になるし、良いことしかありません。

ねー。その上で「私達は奉仕を行っている」と満足感を得られます。自身の身体を動かす機会が多くなり、健康的でもあります。本当に良いことしかありませんよ。

これが人道的に大間違いなのですから、まぁ、介護とは不思議な仕事です。人を不幸にしているのだから、不思議もなにもないんですが。

 

まさしく不思議でありますのは、長いキャリアを持つ介護士の中に、真の奉仕を実践する人間が多いことであります。

女の介護士はあんまり信用なりません。承認欲求の様ななにかに従って間違った介護をするためです。

しかしババアは違います。ババアがババアという身分を誇ることがありますが、それは事実に違わぬことだと思います。あれです。「ケアマネのピークは50代~60代」みたいなことを言うババアです。

距離感を間違うことはまずありませんし、その上で相当に密接な関係を築くことが多くあります。多少声を荒げても叱責とはならず喧嘩となります。ダベっているだけでも一つの介護でありますし、同じ目線で同じ行動が出来ます。

手抜きでもないことを自然に無理なく行うことの出来る年齢と性別。これは本当にすごいことです。(全ての女性がこのようなババアとなるわけでもありませんが)

 

手抜きを避けながら最大効率の業務を無理なく行うってのが理想でありますから、ババアは最強です。男の私は絶対にババアと同じ効率で同じ仕事が出来ません。オネエになれば可能かも分かりませんが。

男は管理職でもやってババアのサポートをすりゃいいと思っています。効率よく業務をするババアを効率よく回せるように出来れば、それは素晴らしい仕事と言えるでしょう。

一方で、どれほど必要最低限の手抜きに済ませられるか。その上で、最大限の効果を発揮する手抜きを選択しなくてはなりません。

 

ほんとにねぇ。全部手抜きが出来たら、私はずっと現場にいたいですわ。すんげぇ楽ですよ。絶対楽。

業務用の食洗機買ってですね。。スライディングボードとかも買っちゃって、面倒くさい更衣なんかも全介助です。夜間は利用者の方々に大容量パットを装着。トイレの記録も楽になります。

夜間に眠れない方は眠剤服用。日中に効果が残るかもしれませんが、仕方がありません。眠気に逆らうのは切ないことですから、すっきりするまで眠っていてもらいましょう。

お風呂も機械浴を導入しましょう。車椅子を使用されている方も安全で無理のない入浴が出来るようになります。お金はかかりますが、楽な介護をしていればお金も貯まるはずです。

日中のほとんどは利用者の方々と楽しく娯楽に勤しめます。業務はほとんどが短縮化されていますから、時間の捻出は決して難しくありません。促しという精神的に疲れる仕事もなくなりますから、殺伐とした気分とは無縁であります。

ほんとにもう、ADLを無視すれば楽な仕事で金を稼げるのに。これはこれで娯楽への参加に難しさは出ますが、金があれば多様な娯楽を提供できます。金で解決出来なければ、仕方がありません。私も一人で過ごしたい気持ちが分かりますから、無理な促しは避けましょう。

その代わりと言ってはなんですが、日当たりの良いスペースを確保しましょう。これも金で解決です。リクライニングチェアを置いておけば安らげる空間の出来上がりです。これも立派な介護でありましょう。

 

良くも悪くも極論でございます。人間の多様性という観点から「一人で過ごすことを好む利用者へ専用のスペースを確保する。」ということは否定できません。

これを良い極論としますと、現状は悪いこととなります。一人で過ごすための空間が必要最低限の設備しかない居室ばかりなのですから。

介護との基本としましては「他人とのコミュニケーション」が是とされます。それを強いることはよくありませんが、可能な限りその促しを行うことが重要です。

介護の美談はそういったことです。「他人と関わりを持てなかった利用者が、それを出来るようになった。」というふうな。これって「陰キャが陽キャと遊べるようになった。よかったね。」という話に近いものです。

 

人の感じ方は様々です。故に、多様性×多様性として、何にしたって人間の関係に絶対の結論は出やしません。

他人との関わりを持てるようになる・・・ということは年齢に関わらず美談とされるものです。子どもであっても、老人であっても。

しかしそれは、上からの目線が混じった話だと思います。一人を寂しく思うことは間違いありませんが、遠くから陽キャを見て茶をすする楽しみもあるのです。

輪の中に入ることを至高とする向きがこの業界にあります。「そんなことない。みんなで遊んだほうが楽しいよ。」と思う人もいるでしょう。それを否定することも、やっぱり、出来やしません。

 

結局のところ・・・ババアがそうであるように人間同士の相性なのです。

輪の外でジジイと一緒に茶を飲む。あの婆さん方は楽しそうだな。何が楽しいんだか分からんが、楽しいんだろうな。そんなことを言い合う介護だってあるんですよ。

私がババアに一つ苦く思うことはそれです。楽しく笑うことが人生だと思っている。男性的なニヒルな楽しみを彼女らは理解できない。

 

 

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